Book(35)

山ん中の獅見朋成雄
山ん中の獅見朋成雄舞城王太郎講談社
仕事の合間にちょこちょこ読んでいたがおもしろくて一気読みしたい衝動が何度も襲ってきて困った。舞城作品の唯一の未読本、ついに読んでしまった。ていうか何で今まで買わなかったんだろ?ちなみにこれは最近近くのスーパーの二階の本コーナー(そんなとこに舞城王太郎があるのが不思議だが)で買ったものだが、何と初版本だった。発行日は何と1年前の9月25日。ずーっと置かれっぱなしだったのね…。舞城王太郎ポストカード(意味不明だけどかわいい)とか入っててちょっと得した気分。
背中に立派な鬣(たてがみ)を持つ中学生・成雄。足はめっぽう速くオリンピック代表チームに誘われるほどだ。だけど鬣を持ち異常に走るのが早いなんて馬みたいじゃないかと悩む成雄は、馬が出来ないことをやって人間性を証明しようと書道を習い始める。先生は父親の知り合いの書道家・杉美圃モヒ寛。モヒ寛を紹介するくだりがおもしろいので抜粋。
<モヒ寛は若い頃に、何を思ったか頭をモヒカン刈りにして周りの人間をビックリさせて、杉美圃大寛という立派な名前を以来モヒ寛に変えてしまった奇人である。僕が最初に出会った頃のモヒ寛は髪もすべて生え戻っていて普通の白髪頭だったが、奇人ぶりは相変わらずだった。なにしろ相撲好きが昂じて家の玄関脇の一室の床をはがして土俵を作らせたと思ったら「これがホントの一人相撲やなあ」とか言いながら裸になってマワシを巻いて架空の弟子力士たち相手に毎晩何十番もの稽古をつけていたくらいである。「おっしゃこあーい!」と叫んで自分の下っ腹をピシャーンと叩いて屈んで「おいさー!」という掛け声とともに自らすり足でズリズリ後ろに下がって土俵際、「おーらもういっちょー!」と声をあげながらそこにはいない力士をうっちゃりでヒョイと投げる。(中略)正直言って僕には、相撲が好きで土俵まで作ったけど相手がいなくて淋しくて、その淋しさを紛らわすのに必死であるオッサンだとか、それとも志半ばで死んだどっかの相撲部屋の親方の霊に取り憑かれて、同じく無念の若手力士の霊魂相手に稽古をつけてる自失したオッサンだとか、単にちょっと頭のねじがどっかに飛んでいってしまったオッサンだとか、そんなふうにしか見えなくて、どれにしても可哀想なオッサンにしか見えなかった。西暁みたいな田舎町のさらに山奥の、最も近い民家からも二キロ以上の距離を空けて、家に続く道も舗装されてないどころかほとんど獣道のようで自転車も通れず、正式には住所もなくて住宅地図にも無視されるような場所に小さな家を建てて一人暮らしをしていて、その家の玄関の脇の部屋には土俵があるという訳の判らない家の中で、一人で相撲をしている男の姿なんて、悲しみと切なさ……の前に狂気が漂うほどだった。>
まだまだエピソードは続くのだが、成雄はこんな愉快なモヒ寛と毎日相撲を取ったり追いかけっこをしたりしていたのだった。ところがある日モヒ寛が何者かに襲われ瀕死の重傷を負ったことから、不思議な世界へ成雄は飛び込むこととなる―。
これは…舞城王太郎版『千と千尋の神隠し』では?思春期の閉塞感や不安がすごーくストレートに描かれている。この人の小説って中身は本当にストレート。なのに一瞬で色調を変えちゃうようなセンスがたまらない。来月の新刊も楽しみ!