銃とチョコレート (ミステリーランド)(乙一)★★★★★

銃とチョコレート (ミステリーランド)

銃とチョコレート (ミステリーランド)

待ってました! かなりかなり久々な新刊です。ミステリーランドの第10回配本。
ミステリーランドは全部、ちょっと昔風の箱付きの装丁でこだわってるけど、今回のはとても個人的に気に入りました。とてもシックなんだもの。ま、よく見たら怖いですけどね。今年読んだ中では一番気に入った装丁かもしれない。ずっと手元に置いておきたいです。
で、中身はというと……。

少年リンツの住む国で富豪の家から金貨や宝石が盗まれる事件が多発。現場に残されているカードに書かれていた【GODIVA】の文字は泥棒の名前として国民に定着した。その怪盗ゴディバに挑戦する探偵ロイズは子どもたちのヒーローだ。ある日リンツは、父の形見の聖書の中から古びた手書きの地図を見つける。その後、新聞記者見習いマルコリーニから、「【GODIVA】カードの裏には風車小屋の絵がえがかれている。」という極秘情報を教えてもらったリンツは、自分が持っている地図が怪盗ゴディバ事件の鍵をにぎるものだと確信する。地図の裏にも風車小屋が描かれていたのだ。リンツは「怪盗の情報に懸賞金!」を出すという探偵ロイズに知らせるべく手紙を出したが……。(講談社HPより引用)

小学校の頃はアルセーヌ・ルパンのシリーズが大好きで図書館で読みあさってたから、<怪盗>という言葉だけでしびれちゃいます。でもこの小説の舞台となる国の子供たちはみんな名探偵派のようでそれがちょっと寂しく、そういえば小学校の頃の本好きはルパン派と乱歩派に別れてたな…なんてことを思い出しつつ、でもその名探偵ロイズのお茶目っぷりが楽しくて、ぐいぐい引き込まれてしまう。少年たちの日常を描いたあたりも上手いんだよね。それに主人公のリンツが民の子であることも物語に奥行きをみせる。ま、読んでる時はただひたすら童心に帰って楽しんでましたが……。
中盤。いきなりひっくり返される。本当にこの人は心が真っ黒だな(笑)。童心に帰ってすっかり主人公に感情移入してたわたしも傷付いたぞ。そしてそっからは怒濤の展開。前半よりずっとドキドキしてページをめくる手が止まらない。楽しくてちょっとだけ切なくて、ラストも最高です。
いやぁ〜楽しかったな。単にミステリとしての楽しさだけじゃなくて、ひとりの少年の物語としても素晴らしい。ロイズやドゥバイヨルはじめキャラも個性的だし、じんとくるような素敵なエピソードもたっぷり詰まってるしね。というわけで読み終えてしまったのが残念なくらい、大大大満足な一冊でした。

溺れる人魚たち(ジュリー・オリンジャー)★★★☆

溺れる人魚たち

溺れる人魚たち

著者は、2003年に本書でデビューしたアメリカ文学界の新星らしい。最近参考にさせていただいてる「すみ&にえ」(http://park8.wakwak.com/~w22/index.html)さんのところの新刊紹介ブログによれば、アメリカのアマゾンではめずらしいほどに揃って評価が高いらしく、気になって買ってみました。


この短編集で共通して描かれるのは「突然の死、性の目覚め、大人の不在……思春期の少女たちが出会うリアルな『息苦しさ』」だ。
たとえば「秘めやかな祈り」。母親が病気のため田舎に預けられた少女を主人公にした物語だが、その土地のあまりの宗教色の強さ(著者はユダヤアメリカ人なので登場人物はほとんどユダヤ教信者である)、昔は仲の良かった従兄弟・エスティの変貌についていけないでいる。そんなおり近所の男の子が隠していたエロ本を見つけて……。あまりに宗教色の強い家庭に生まれたら子供はどうなるのか、何も考えずにそれを当然だと受け入れるのか、宗教を持たない自分にとってはとても興味深い話だった。
そして「母の恋人」。ガンに冒され余命幾ばくもない母親が、高校時代の恋人と家族同士でディズニーランドへ行くことに。主人公である長女・ヘレナは内心快く思っていないが……。そこは人としてどうなのよと思わずにいれない、やりきれないラストではあるけど、「優しさ」と「同情」の微妙で決定的な差が描かれていて、胸が痛む。ディズニーランドていうのがまたいい効果出してるな、と。
そのほか子供ならではの残酷さむき出しのイジメ「あなたへ」や人種差別の「十字架」も印象深い。
残酷なくせに、傷付きやすい。優越感と劣等感のあいだを激しく行ったり来たり。早く大人になりたいと願いながら、大人を憎んで、まわりも憎んで。そんなどうにもならない苦しさを、印象的なエピソードとともに丁寧にすくいあげる。さらに抑えた筆致がさらにエピソードの輪郭をくっきりと浮かび上がらせる。


ただちょっと気になるのは、ここに収められた9つの短編すべて、主人公は傍観者もしくは被害者の立場で、さらにその主人公があまりに「いい子」すぎたのが、残念。たぶん、この著者はすごくいい人なんでしょう。他者への観察眼は非常に鋭くて、さらにそれを生かすエピソードの使い方がとても上手いのでぐいぐい引き込まれるのだけど、傍観者なり被害者なり「わたし」の感情がオブラートに包まれているのが、物足りなく感じたのかもしれない。話の組み立て方や描写は上手いのだけど、主人公の内面を描くところは意外に浅いというか……。
ま、デビュー作ですしね。あまりあざとい方向に併合しないことを祈ってます。次作は長編らしいです。