さよなら渓谷(吉田修一)

さよなら渓谷

さよなら渓谷

前作のこれまでのイメージ覆す『悪人』を読んだ時も驚いたが、この最新長編を読んで改めて吉田修一、今さらながら目が離せないと確信しました。角田光代とかもそうなんだけど、作家として中堅に差し掛かる今、デビュー時の勢いを上回るような作品を出すような作家って、いますね。この『さよなら渓谷』は本当に素晴らしかった。

きっかけは隣家で起こった幼児殺人事件だった。その偶然が、どこにでもいそうな若夫婦が抱えるとてつもない秘密を暴き出す。取材に訪れた記者が探り当てた、15年前の“ある事件”。長い歳月を経て、“被害者”と“加害者”を結びつけた残酷過ぎる真実とは――。(帯裏あらすじより)

ジャンル分け不可能な圧倒的な“小説”。二度読みがオススメです。夫婦二人のちょっとした会話、ちょっとした仕草の描写が一語たりとも読み逃せない。

批難もできない、礼も言えない。
たぶん、それが自分たちの関係なのだと、改めて思い知らされる。

だけどそれを不服と思ってしまったこと、当たり前の関係を望んでしまったこと。
許し許されることない二人を繋ぐ<不幸>の糸。だけどお互いに求めるものも縋るものもそれしかないとしたら。
現代的な事件とその騒々しさで幕を開け、あまりにも切ない純愛物語として幕を下ろした、そんな印象が残る。償いと罰と愛と情とが入り乱れる、ある意味、究極の恋愛小説。今の日本では許されない恋愛なんて存在しない気もするが、これは心情的に外野には許されない関係なんだろうと思う。何より本人達がそれを許さない。だけど、それでも求めてしまう、自分含め誰もが認めない気持ちだけが残る。どうしようもない切なさで、ただ悲しい。登場人物の一人である記者と同じ、幸せになって欲しいと思う気持ちさえ、どうにも外野過ぎて意味がない。関係を名付けることもその未来の予測もできない二人の気持ちを、ただ思って胸が痛い。そういう小説でした。
つーか上手いよ吉田修一! 下手すれば陳腐に、ついでに女性読者に嫌悪感さえ抱かせそうなストーリーをよくもここまで昇華して! 一時期遠ざかってたのもあるので、デビュー作から順追って再読したい気持ちになりました。